不登校の原因。「甘えさせる」と「甘やかす」の違い


こんにちは。

昨日、初めて息子のハルが中学の部活の様子を見に行きました。

正確に言うと、「部活に参加しようとしたけど中に入れず、様子だけそっと見てきた」です。

部活の見学以来、部活に関わることができていなかったので、休日に部活だけのために学校へ行けれたことは、とても頑張ったと思います。

でも主人は、部活に参加しないで帰ってきたことに納得していないようでした。

直接ハルに怒鳴ったりするわけじゃないのが唯一の救いです。

主人は、ハルがいない所で私にこう言いました。

「甘やかしすぎ。オレが連れて行ったら行けれたかも。」

甘やかしているわけじゃないと言っても、聞き入れてくれることはありませんでした。

顔が納得していないんです。

主人は、ハルが学校でみんなと合流さえすれば不登校を解決できると思っているのです。

そう言った戻るきっかけを作らない私に「甘やかしている」と言っているんです。

夫婦間の対応のズレはまだまだ続きそうです。

不登校の原因が分からない背景には

ハルが不登校になった原因は分からないままです。

以前も同じようなことを書きましたが、ハルが不登校になった原因は必ずしも1つでないと思っています。

勉強が苦手、友達とうまく話せない、嫌なことがあったなど、ちょっとずつの嫌なことが溜まっていった結果が、自分で消化できなくなったからだと感じています。

本当は助けてほしかった時に、私や主人に「甘えている」だの「熱がないから学校へ行きなさい」などハルの気持ちを聞くこともしませんでした。

当時の私は、今の主人と同じように「学校へ行ってしまえば自然と解決するだろう」と思っていたのです。

ハルの思いと私たち親の思いのすれ違いが、不登校という形になって表れた。

これはハルだけの問題ではなく、私たち親の対応のズレが招いた結果なんだと思います。

誰も悪くありません。

ただ、気持ちがすれ違っただけです。

 

どんなに苦しくても学校に行っていた

不登校と言う形になって表れるまで、ハルはどんな気持ちで学校へ行っていたんだろうと想像しました。

当たり前の様に登校していたと思っていた日々は、実はハルにとって苦しくて辛い日々だったのかもしれません。

それでも、学校を休むと言う選択ができず、毎日毎日登校する。

ハルもそれが当たり前だと思っているからこそ、頑張っていたんだと思います。

その頑張りがもう限界で疲れてしまった時、ハルの助けては「今日は行きたくない」と言う言葉で私たちに訴えていたのかもしれません。

私たち夫婦はハルが限界を感じているのに「甘えている」と叱り、行き場をなくすような対応してしまっていたんです。

半年経った今だから分かることです。

分かるようになってきた…かな。

 

甘えられたのなら信頼されている事

甘えるという事は、自分の弱みを見せるという事。

信頼されていなければ、甘えるという事はできません。

私は「甘えさせる」と「甘やかす」の意味の違いを最近すごく感じています。

甘えさせる=信頼・安心

甘やかす=過保護

ハルが私たちを信頼して弱みを見せた時に、「甘えるな」と叱ってしまった事、なぜあの時に気持ちを受け止めてあげられなかったのか、後悔してもしきれません。

甘やかすは何でも先に手出しする事。子供の自立心を育てることはできません。

でも、甘えさせる事は人を信頼し、愛する事ことを覚えさせることができます。

どんな小さなことでも助けを求めてきたときは、「甘えるな」と突き放すのではなく、ぎゅうっと受け止めてあげて欲しいです。

私も、今はハルにそうしてあげたい。

ぎゅうっとすると中一の男子なので気持ち悪がられますが、表情はうれしそうです。

 

 

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最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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